TEGAKI
手書きブログへようこそ!
手書きブログは記事やコメントなどを手書きの文字や絵で行う、イラスト主体のブログサービスです。
みんなで楽しくお絵かき交流しましょう!
Twitterで新規登録/ログイン
ブログを書く
ギャラリーに投稿
小説を書く
マンガを投稿
手書きブログへようこそ!
手書きブログは記事やコメントなどを手書きの文字や絵で行う、イラスト主体のブログサービスです。
みんなで楽しくお絵かき交流しましょう!
Twitterで新規登録/ログイン
necomi
お友達申請
お気に入り
ミュート
ウォール
(0)
ブログ
(8)
無題
少し入り組んだ路地の裏、他にも店が連なる建造物の一部にイリヤが店長を任されるバーはある。従業員は今のところイリヤ自身以外はいないけれど、差し迫って必要というわけではない。こんな立地がよろしいとはいえない場所に店を起こしている時点で、この店がただ趣味で作られていることは明白だ。そして勿論客足だって考えるまでもないのだった。 給料が出て、住む場所も提供してもらえて、そして人と深く関わり合いにならなくていい仕事に巡り会えたのは幸運だった。込み入った事情で家を失ったイリヤが十年分もの知識の不利を抱えて無傷でいられるはずもなく、既知の情報と現状の齟齬にまずぶち当たった。大まかな情勢は変わっていないことだけ救いだったものの、ページとカバーのドンパチに巻き込まれかけた時は流石に肝を冷やした。そんなこんなで、まず生きるためには働かなければと取り敢えず足を使いぶらついていた時に、前任の店長が蒸発したバーに運良く巡り合ったのだ。扉に貼り付けられた「休業中」の紙を剥がし、古き良き公衆電話で紙の下部に書かれた番号にコールした時に聞こえてきたドスの利いた声が今はイリヤの上司になっている。 「お前は目標を達成する気がねえのか?」 ――そう、今目の前で相当ご立腹な、体格のいいお方がイリヤの上司なのだ。 「いやぁ……頑張ってるんですよ? オレも。こ〜んな素敵な人に破格の待遇をして貰ってるんですから、恩返ししたいな〜なんて、本当に思ってるんですよ?」 開店前のカウンター席にどっかりと座り込んだ上司の握り込まれた手が震えている。ああ、これで机殴られたらメキョってなりそう、そしてこう言われるのだ。 (次はお前がこうなる番だ……。) 嫌な想像で思わず鳥肌が立ったが、首を振って曖昧な笑みを浮かべつつ現実を直視した。悪逆非道のヤクザのような表現をしてしまったが、基本的には大変お優しい上司なのだ。多少の赤字にはいつも目を瞑ってくれるし、そう、今回はたまたまその額が少し大きく、赤がいつもより長く続いたのが悪かった。 「でもですねぇ、こんな立地じゃちょっとねぇ? 難しいところが……いえなんでもありません。ごめんなさい」 話している途中に鳴り響いたカウンターを殴りつける音で速攻手のひらを返すイリヤに上司は呆れ返った溜息をついた。 「お前には営業努力が足りねえ! もっと真面目に働け! クビにすんぞ!」 「オレ結構真面目に働いてるんだけどな〜……いえ。ごめんなさい真面目に働きます」 へこりと頭を下げたイリヤに、上司は渋い顔をしながら頷いた。そして、イリヤの肩をぽんと叩いて相変わらずドスの効いた声で呟く。 「今月から三カ月、黒字」 「……はぁ〜い」 オレもうクビだな、という心の声が、誰にも聞こえていないのに部屋に鳴り響いている気がした。 「おにーさん、飲み過ぎだよ〜」 机に突っ伏して何事かを延々と呟いている男の肩を揺さぶる。上げられた顔は茫洋とどこかを見つめていて、イリヤは思わず溜息をついた。 「ね、ここら辺、ちょっと入り組んでるから帰れなくなっちゃう。ほら水飲んで?」 半ば無理やり水の入ったグラスを握らせると、男は大人しくそれを煽った。 今日も今日とてドアベルを鳴らすのは常連の客のみで、馴染みの客にはついサービスしがちなイリヤは自己嫌悪しながらも、客同士楽しそうに話をしながら酒を飲む様子を見ていると心は満たされた。直面している問題は売り上げが満たされないことなのだが。 飲んで忘れようというわけではないけれど、常連客に奢られたウィスキーをちびちびと流し込みながら洗い物に専念していた時、件の男はやって来た。 初めてみるその顔に店中の人間の視線が集まり、その視線に固まった男はすぐに踵を返そうとしたが、そこはイリヤが若干必死になりながら引き留めた。全員悪気があったわけではなく、この店はあまりに人が来ないので新しい顔が来るたびに同じことが繰り返されているだけなのだ。 促されるままにカウンターの席に着いた男は、初めこそ黙々と酒とつまみを摂っていたけれど、次第に仕事への愚痴が漏れ出し、イリヤが適当に相槌を打ちながら話を聞いていればそれはヒートアップして周りの客を巻き込んだ。最早半泣きで酒を浴びるように飲む男に同調して肩を叩く常連客たちを見ながら、イリヤはその大衆酒場のような有様に思わず笑みが引きつりかけた。 そしてそのまま酔い潰れていった男は、水を飲み干してからまたしてもカウンターに沈んでいった。 「も〜、おにーさん……困るよー」 誰か付き添って帰ってくれないかな、と周囲に視線を投げるが、さっきまで同情的だった客はどこ吹く風といった様子だった。そう、この感じがいつものこの店なのだが、今はもう少し優しさが欲しかった。 肩を揺すってもぐずるのみで動く気配のない男に二度目の溜息をつき、イリヤは男の隣の席に腰を下ろした。 「ねえ、タクシー呼ぼうか? これじゃ帰れないよね」 「うぅ……」 「呼んじゃうよー? お財布覗いていい? 今日のところはツケていいし、なんならタクシー代もオレのお財布から出してあげるから次三倍にして返してね〜。名刺入れとくね〜。あ、住所あった」 「うん……」 意識が朦朧としている相手をよそにペラペラと無理を言うイリヤに苦笑いする気配を感じたが、そもそも彼にまたこの店に来る義務はないので損失の方が可能性としては強いのだ。迫り来るクビの可能性に日々怯えている身としては少しでも稼いでやるという威勢が必要なのである。 全ての荷物を男の鞄に突っ込んでからタクシー会社に連絡する。支部からは少し離れているので若干時間がかかりそうだった。 「店長くん、お代わりいい?」 「あ、はぁい。ちょっと待ってくださ〜い」 完全に寝に入ってしまった男を取り敢えず置いておいてカウンターに戻り、シェイカーとリキュールを用意する。 「そうだユリさん。お願いがあるんですけど〜……」 「なーに? なんでも言ってみて」 思い立って注文を受けた常連の女性に声を掛けると、笑顔で身を乗り出して来た。彼女は話を聞く限りイリヤより少し年上らしく、どうやらかなりお堅い職業についているようだった。であればそれなりに落ち着きのある口の軽くない友人も多いのではないかと踏んでいた。 「実は売り上げ上げないと、オレクビになっちゃいそうで……もしよければ、ユリさんが〝良い友達〟を呼んでくれないかなぁ〜って」 イリヤが申し訳なさを含ませつつ若干見上げると、ユリは口を尖らせながら姿勢を正す。 「なぁんだ、私は芋のツルかぁ」 「ええ、そうなっちゃいます〜? そんなつもりじゃないんだけどなぁ」 「ふふ、ツルでもいいよ。店長くんがいなくなっちゃったら寂しいし、〝良い友達〟に声かけてみるよ」 「ユリさん、ありがと〜。お代わりはサービスでいいですよ」 献杯して頷くユリに微笑みかけると、ちょうど外からクラクションの音が聞こえてくる。他の客にも一礼してから、起きる気配のない男の腕を首に回してなんとか担ぐと、ずっと静かに飲んでいた男性が男の鞄を持ってくれた。 「あー、ごめんなさい。ありがとうございますー」 「……いえ」 ドアの開いたタクシーに酔い潰れた男と鞄を押し込んで、運転手に行き先を告げてから住所に足りる程度の紙幣を渡した。ドアが閉まって走り去っていく車を見送ると、ポンポンと肩を叩かれる。 「はい?」 「俺も知り合いを呼んでも?」 思えばこの男性はいつもテーブル席で一人で飲んでいて、イリヤ自身もあまり話したことはないし、他の客と話しているところも見たことがなかった。真っ直ぐ降ろされた腕の先が少し震えていて、緊張しいなのかもしれないなと思いつい笑ってしまった。 「今度はお友達と一緒にオレともお話ししてくださいね」 それから数日後、タクシーで返した酔いどれ男が飛び込んで来たり、ユリさんや男性が知り合いを連れて来るようになってから少しずつ人が増えたりと経営的にはポカポカだった。なんとか三カ月黒字は続きクビは免れたのだが、次は人手不足という文字が脳裏に浮かび、イリヤは頭が痛くなったような気がした。 毎日正午に起き、シャワーを浴びて身支度をしてから朝食がわりの昼食を食べつつ、仕込みの時間までのんびり新聞を読んだりネットで情報収集をするのがイリヤの日課になっている。十年間の情報の遮断はあまりにも大きく、一度にそれを吸収するにはかなり無理があったからだ。客との世間話の中で自分の知らない有名な出来事があるとあまりに知見のない人間だと思われかねないので、大まかな出来事は本格的に仕事を始める前にざっと詰め込んでいた。けれど、それでも補いきれないことも多々あるため、客との距離が近い業種を続けるには勉強は避けては通れない道だった。 山積みになった過去の新聞に読み終わった取り寄せた新聞を放り投げて体を伸ばすと、節々からみしみしと嫌な音がして否が応でも歳を感じる。というより、身体年齢的には実年齢より老いている気がするのは否めない。成人する前はカバーになるつもりだったのもあって、対人でも物理的な攻撃を避ける程度の訓練はしていたものの、身体を動かさない期間が長すぎてその努力も無に帰しているだろう。運動しないとと思いつつも、そんな時間もないまま無情にも時間は過ぎていくのだ。さしあたって人と乱闘沙汰になるような予定はないので、特に困ることはないけれど。 如何にもな安っぽい音を立てている壁掛け時計を見るともう起きてから三時間ほど経っていた。パソコンの電源を落としてから椅子に沈み込んでいた身体を起こし、キッチンで食器を洗う。そろそろ頼んでいた食材等が表に届く頃だろう。 店の上、二階の住居スペースに住まわせてもらっているため、通勤時間を考えなくていいのは思ったよりも有り難い。これから二時間ほど仕込みをして、店内清掃をしたら六時に開店する。毎日続くルーティーンはイリヤにとって精神安定剤そのものだ。刺激のある人生は豊かだと思いはするが、それには犠牲はつきものであり、それはイリヤが最も厭うところであった。犠牲なんて無い方がいいに決まっている。それが自らに起因するものであれば、尚のことだ。 今日はさして忙しくもなく、顔見知りの客が疎らに座り各々のペースで酒を飲んでいる。穏やかな空気にイリヤの気も緩むが、開店してからこのかた、なんだか不穏な予感を感じていた。悪い予感というのは大なり小なり大体当たるもので、心の中で何も起こりませんように、などと神のことなどほんの少しも信じたことがないくせに手を合わせた。 店内で流している音楽は前任の店長が置いていったものから客が流してくれと置いていくものまで様々だ。イリヤ自身は音楽に疎いので、「どれにしようかな」で決めている有様だが。そんなこんなで選んだ音楽を聞き流しながらたまに注文を受け、穏やかな時間を過ごしているとカランカランとドアベルが音を立てた。 「いらっしゃいま……せ」 一瞬言い淀んだイリヤに首を傾げた客たちが同じように入り口に目をやる。いつもよりずっと物珍しげに見られているだろうに、白い制服を着た若い男は微動だにせずカウンターの一番端の席に腰を下ろした。 基本、この店にカバーとキャラクターは来ない。イリヤが店頭の立て看板で勝手にお断りしているのもあるし、入店したところでやんわりとご退店いただくことが多いからだ。この店に来る客は大体が普通に普通の仕事に就いている読者で、出来れば〝そういうゴタゴタ〟には巻き込まれたくないという人間が多い。もちろん最たる理由はイリヤにあるのだが。 何はともあれ、店の秩序を保つためにもご退店いただくかどうにかしなければならない。とにかく声をかけようと近づくと、カウンターの一番端の席で壁に肩を凭れさせていた男が顔を上げる。人のことは言えないが、長めの前髪が目にかかって邪魔そうだった。口角の上がった口がぱくぱくと動いていて、何事かと耳を寄せる。 思わず、動揺が表に出るところだった。 「ね、どうなんですか」 「さあ……どう、と言われても。オレはずっと一人っ子だったし」 「ふうん、かわいそー。銀髪赤目のニーカはずっと金の髪に緑目のオニイチャンを探してるのに。ねえイリヤさん。可哀想だね、妹」 咄嗟に脳裏に浮かぶ銀と赤は幼い頃のものばかりだった。産まれたばかりの姿だって覚えている。イリヤが十七だったころ彼女はまだ七歳で、本を読んでもらうのが好きな、いたって普通のどこにでもいる少女だった。物語に憧れていて、いつかキャラクターを守るためにカバーになるのだと目を輝かせていた、どこにでもいる少女だったのだ。 そして、その少女の心を壊したのは、きっと。 「店長さん、お会計いい?」 「……はぁい。今行きまーす!」 すれ違った視線がここに来ても唯一の肉親を裏切るイリヤを嘲笑っているようで――酷く、安心した。 いつものようにカバーを帰さないイリヤを不思議そうに見ながら、やはり居心地が悪かったのか、いつもの客は早々に引いていった。ドアを開けて外を確認すると小雨ではあるものの降り始めていて、〝用事〟もあるし今日は店仕舞いしようと思い、仕方なくクローズの看板を下げた。 相変わらずカウンターの一番端を陣取っている男の隣の席に腰を下ろして、何か話しかけようとする。けれど、自分の何かを知っている男に何を言えばいいのかわからないまま、らしくもなく言葉を発することができないでいた。 「店仕舞いしたってことは、やっぱりオニイチャン?」 「……君は、妹……ニーカと会ったことがあるの?」 「そりゃあ、同じ職場ですから。会うこともありますよ」 「そう、やってるんだ、一人で……」 目を合わせることも向けることもなく、グラスを煽る様子を気配だけで感じていた。何を知られているのか知らないということは、恐ろしいことだ。自分の何を知っているのか聞きたくても、喉はからからに乾いて声が出せなかった。いつもなら思ってもいない言葉だって滑るように出てくるのに、自らの平穏を崩しかねない事態に本能がそれを確かめることを否としているのだ。 しかし、確かめなければならないだろう。最悪の事態があるとすれば、それはニーカに所在が知られることだった。最悪、ここを捨てて逃げてしまえばいいが、また似たような条件の環境を探すには今からでは時間が足りない。ならば、何を握られているのか確かめて、もしニーカに危害が加わるようであれば――殺さなければならないかもしれない。イリヤはカウンターの向こう側にある拳銃の位置を脳内で確認していた。相手は現役のカバーで自分は昔教えてもらったことがある程度の一般人だ。逆に殺される可能性だってあるけれど、それならそれで構わなかった。元より、ない方が都合のいい命だ。 「ねえ……名前聞いていい?」
読者になる
Heart
あとがき
Hearts
応援メッセージ
コメントするにはログインする必要があります
necomi
tw @necoomic
お友達申請
お気に入り
倉庫
necomi
2017/10/28 21:14
全1話
を送るにはログインする必要があります