TEGAKI
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③菫の姫君/黒曜の王 後編
(“王様に会う”って言うのは、すっごく大きな広間で、たくさんのお付きの人を従えて大きな椅子に座っている王様に『面を上げい』なんて言われたりして、指先一つ動かすタイミングも間違ってはいけないような、そんな、とにかくなんだかとっても、厳かな感じでお会いするものだと思ってた) しぐれが保護されてから一週間 城のメイドに王の書斎へと案内されたしぐれは突然の謁見にただただ言葉を失い何をどうしたら良いか分からず立ち尽くしていた そんなしぐれの姿を王であるマキジは視界にパッと捉えるとすぐにしぐれに笑いかけ、 『うんうん、似合ってるね、さっすがゆかりちゃんのお見立て~ ……ね?』 『?』 と、マキジに視線を外されたしぐれはそのまま視線の先を追い思わず後ろを向く 『ゆかりさん…!』 すると扉の近くにゆかりが背筋を伸ばし立っていた どうやら部屋へ入った際、突然視界に広がった“広大な景色をバックに自分を待ち構えていた王様”のインパクトが強すぎて、本来のメイドらしく傍で静かに佇んでいたゆかりに全く気がつかなかったようだ しぐれが声を上げるとゆかりは出会ったときと変わらない優しい表情で微笑んだ それだけでこの空気に緊張していたしぐれの気持ちが少しだけ和らぐ 『…で、お客様をいつまでも立たせとくわけにもいかないからさ、まぁ座って…ゆかりちゃんも』 どーぞ、と手でソファを示されたしぐれはおずおずとソファへ近づく 何処に座れと具体的に指示されては居ないが、ふと、しぐれの頭にあることが過ぎる (そう言えば こう言う席には“順番”がある) しぐれが屋敷で男に客人の前へ呼び寄せられ男を賞賛する台詞を嫌々言わされていた頃のこと 同席していた男の妻はいつもその光景を細かすぎるほどよく観察しており、客人がいなくなるとよくしぐれの立ち振る舞いに『お客様の前でみっともない』『育ちが悪い癖に生意気だ』と小言を言ったり、機嫌次第でしぐれを平手打ちで殴ったりグラスに残っていた飲みかけの水を浴びせたりした しぐれにしてみれば、座れと言われた所へ座り、実の家族と自分が馬鹿にされていると分かっていても頭を下げ思ってもいない感謝の言葉を吐かされる そんな場で更に朝から晩まで監視され、動作を細かく咎められ時に暴力を振るわれるのは理不尽以外の何物でもなかった ただマナーとしては間違っていなかったようで、後に城の部屋で食事を取った際にその所作をメイドに褒められたことがあった そう言ったことに一つ一つ気づく度、しぐれは苦しむのだ あんなに辛くて理不尽で嫌な思いをしたのに、それが役に立ってしまっている 感謝をしなければいけないのだろうか 悪いのは、耐えられなかった私なのだろうか その考えへ至る度にしぐれはそれを振り払うように頭を振る それでも、あの家の人間は私の実の家族を罵倒し嘲笑い、暴力を振るい、挙げ句の果てには襲おうとしたのだ それを許せないのは揺るぎない事実だ 例え私が悪人でも、あいつを許すことは出来ない ―…けれど、 (殺してしまうまですることはなかったのでは…―) 城の外の情報が一切入ってこない毎日 いつまであの部屋にいさせてもらえるのか分からない毎日 美しいものに心奪われ、メイドたちの優しさに触れ悪夢が薄れては、ふとした瞬間に思い出す毎日 繰り返す いつまで? 今だってそうだ…― 『…さぁ座って、しぐれちゃん』 ゆかりが優しく肩に触れ、結局そのまま上座も下座も考えないままに二人並んでソファへ座る 『じゃ、早速だけど』 マキジは二人がソファへ腰を下ろしたことを確認すると足下からあるものを取り出し、ドサッと音を立ててデスクの上へ置いた 『これなーんだ?』 これ、と言われたそれは小さなトランクだった 長年使い古されたものらしく、細かな傷があり角の部分も少し丸くなってしまっている ―…それが誰のトランクなのかすぐに認識したしぐれは瞳を大きく見開く 『それ…は…!』 男の屋敷に置いてきたままのしぐれのトランクだった 『わたしの…トランク…です…』 『ああ、やっぱり? それなら良かった 中見てさ、君のっぽかったから持って来ちゃった』 何故、王様が私のトランクを持っているの そんなことは分かりきっていた そして悟る ついに“この時”が来たのだと 『勝手に覗いてゴメンね? 普段の俺はレディのバッグを勝手に覗くようなマネは絶対やらないからね? …でも 仕方が無い状況だったってことは、君もなんとなく察してるんじゃない?』 ―…ついに屋敷で自分が起こしたことが公になったのだ 男の死体の傍に私のトランク 私は行方不明 そう言うことだ ―…覚悟はしていた もちろん、事実を突き付けられたその時は逃げようだなんてことは微塵も思ってはいなかった (けれど、ゆかりさんに告白したからと理由をつけて、この一週間自分から誰かに何も言い出さず、与えられた都合の良い環境にすっかり甘えきっていたことも事実だ) その心の揺らぎが、しぐれの体を思わず後ろへと引かせる 『―…大丈夫よ』 しぐれを優しく受け止めるように、ゆかりがしぐれの両肩に手を添える 『何も心配はいらないわ』 『…?』 『そう、何も心配はいらない ただ俺たちは君にあと一つ、どうしても聞きたいことがあるだけ』 (心配いらないとは、もう全ての調べはついていると言うことだろうか 聞きたいこととは、最終確認と言うことだろうか) 今から声を発しようとする王の唇の動きが、しぐれにはまるでコマ送りのようにゆっくりと見えた (きっと次の瞬間にはもう、この優しい世界は終わる) 屋敷の男を殺したのはお前か 『君、お姫様にならない?』 『…………… ……………………え?』 世界は終わることなく、止まった *** ―…数時間前 黒曜の国、郊外 複雑な工場群を抜けるとそこはただの広大な雪原が広がっており、この国の領土には元々何も無かった事を思い出させる 幼い子供のブロック遊びのように建物がごちゃごちゃと積み重なる工業地帯と違い、そのなだらかな平野にぽつぽつと等間隔に建つ屋敷はどれも大きい どの屋敷にも手入れされた広い庭が付いており、暖かな格好に身を包んだ子供たちのはしゃぎ回る声も聞こえる 要するにここは高級住宅地と呼ばれる地域だ 見通しの良い道路の除雪は完璧に行き届いており、その中を一台の車が滑らかに抜けて行く 車は住宅地の中でも上位に入るような広い敷地を持つ大きな屋敷の前で停車した 車の中から身なりを整えた3人の男が現れ屋敷のベルを鳴らす 少しするとその屋敷の使用人が現れ、屋敷を訪ねた3人の内の1人が身分を名乗った 『城から参りました遣いの者です』 名乗った男はマキジの命を受けやってきた調査員だった 広間に通された3人を屋敷の主人と思わしき男が両手を広げて出迎える 『お寒いところをようこそいらっしゃいました、さぁさぁおかけ下さい…ああ、こんなに冷たい手をして…すぐに暖かい飲み物をご用意させましょう』 屋敷の主人はにこやかに一人一人へ握手をしていく ―…このにこやかな屋敷の主人こそが、しぐれを引き取った屋敷の男であった 少々強引に手を取られた調査員は戸惑いながら愛想笑いで返しつつ、ちらりと男の頭部に目をやる 視線に気付いた男は己の頭部に巻かれた包帯を指さしながら 『…ああ、お見苦しい姿で申し訳ない 実はこの傷…私の愛娘が行方不明になった原因と深く関係しているのです! さぁさぁお席へどうぞ…』 『原因?』 着席を促されながら調査員がそう尋ねると、男は待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべ熱弁した 『そう、一週間前、私と娘のしぐれは強盗に襲われたのです!!』 『…強盗』 『ええ!一週間前、娘とブランチを取っていた時のことです 見知らぬ男が突然ドアを蹴破り、金目の物を要求し、私を脅して金品を奪い取ると、次は傍にいた娘までをも連れて行こうとしたのです! 恐怖に怯える娘を守ろうと私は必死に抵抗したのですが、男に瓶で頭を殴られ気絶してしまい…目が覚めたら…あの子は…連れ去られてしまっていて…!』 『なんてひどい』 『目覚めた私は娘が連れ去られたことに気付きそれはそれは狂乱し、この頭の傷も痛みも流れる血も後回しに雪の中を血まみれで娘を捜し回ったのです!』 『それは凄い』 『ええ、医者にも『この状態でよく平気でいられるものだ、こんな患者は初めてだ』と驚嘆されましてね、こんな傷、娘の苦痛と比べたら大したことないと言い返してやりましたよ!!ハッハッハッ… …それから朝も昼も夜も娘を捜し続けましたが手がかりすら見つからず一週間… ですが今朝無事に発見されたと聞いて、私は涙を流し神に感謝しました まさか城で保護されていたなんてあの子は本当に運が良い…きっと神に愛されているのでしょう… ああ、早くこの手で強く抱きしめてやりたい… …おい、飲み物はまだか!城からの大事なお客様なんだぞ早くしろ!』 大事な娘を失った話を何故か鼻息を荒くしながら嬉々として語り、客の前で使用人を怒鳴りつける主人に調査員は強い違和感を覚えながら席に着く 程なくして暖かな紅茶が運ばれると、主人は使用された茶葉と茶器がいかに稀少で高級なものであるか一通り演説を行い、その内すっかり冷め切った紅茶を満足げに飲み干した後、まるで今思い出したかのように尋ねた 『…ところで…今日は娘と感動の再会が出来ると聞いて朝からこの時を心待ちにしていたのですが…娘はどこに? まさかそのお連れの屈強な男性方のどちらかが私の可愛い愛娘だとでも?』 ガハハと一人下品な大声で笑う男に、やっと本題に入れると調査員は内心溜め息を吐いた 『その件ですが、本日はお嬢様…しぐれ様について大変重要なお話がございまして 出来れば奥様にもご同席願いたいのですが』 『あ…ああ…アレは…旅行に出ておりましてね 全く、娘の非常事態だというのに何を考えているのやら… そんな母親など居ても居なくても同じでしょう、さぁ、早く娘を返してください』 『では率直に申し上げます』 『?』 『国王様がですね、是非ともしぐれ様を養女として城に迎え入れたいと熱望しておりまして』 『は…?』 突拍子も無い話に男の表情が固まるが、誰もそれを気に留めることなく話は淡々と進む 『あんなに美しいお嬢様ですからぁ、国が総力を挙げステキなレディに育て上げたいと申しておりまして』 男は口を半開きにしたまま話を聞いていたが、話が終わる頃には考え込むように腕を組みしばらく沈黙した そして眉間にしわを寄せた険しい表情を見せると 『折角ですが…お断りさせて頂きます 例え国の命令でも、大事な娘をはいどうぞと手放す親が何処にいますか』 『まぁ、そうでしょうね』 『国が私利私欲で国民から大事な子供を奪おうとするだなんてそんな話聞いたことがない! 私は例え血が繋がっていなくとも、娘のためならこの命をかけて国と戦うぞ!』 『そこをなんとか』 男はテーブルに両手をバンッ!と叩きつけ、立ち上がった 調査員はその様子を冷めた目で見つめながら、男が立ち上がった勢いで倒れてしまった椅子が傷んでいないかと心配した 『馬鹿にするのもいい加減にして頂きたい! 私は今日まで一週間、あの子のことが心配で心配で仕事もまともに手につかず、傷の痛みにも耐えながら毎日毎日町中を駆け回ってあの子を探していたんだ! 可哀想に…裸同然で逃げ出して、今頃きっと寒くて辛くて恐ろしい思いをしているに違いない…そう思うと胸が張り裂けそうで夜も眠れなかったんだぞ!! それを…それを…!』 始めは堅く険しい表情をしていた男だったが、その口元は徐々に崩れ口角が上がり、己は娘を奪おうとする国に立ち向かう勇気ある悲劇の市民であると陶酔しているかのようなニタニタとした品の悪い表情に変わっていた そんな男に最初は警戒していたが、屋敷に訪れた際から始まっていた求めてもいない自慢話の長さにいい加減うんざりしていた調査員… 『…あのさぁ』 …に扮して男に交渉を持ちかけていた黒曜の国の王・マキジは、それまでの平身低頭な姿勢を取り繕うことを放棄し耳へ入った男のセリフに抱いた違和感へすかさず反応した 『アンタ殴られて気絶してたんだろ? なんであの子が裸同然で逃げ出したって知ってんの?』 『!!…そ、それは… あっ、あの子はあのとき風呂に入っていたんだ! だから、そう、きっと裸だったに違いないと…!』 『一緒にブランチ食ってたんじゃないのぉ~?』 『私は頭を殴られたんだぞ!!だから記憶が混乱しているんだ!! あの子は風呂に入ってたから裸同然だろうと予想で言ったことが偶然当たっただけだ!!』 『あっそ、じゃあ訂正すりゃいいさ でもさぁ~、ここの使用人全員が『旦那様はしぐれ様とブランチを楽しんでおられました』って言ってんのはどう言うことだろうねぇ~?』 『私が口裏を合わさせているとでも言うのか!!! なんと言う侮辱!!訴えたっていいんだぞ!!』 面倒そうに語尾を伸ばしながら尋問していたマキジであったが、顔を真っ赤にし力任せにがなり散らすだけの男のお粗末な言い訳に嫌気がさし、ついに右手をテーブルに叩きつけた ビクッと体を震わせ固まった男に、無表情で呟く 『もういい』 『…な、何を…』 そして席を立ち男の背後へ向かう 先ほど男が転がした椅子を乱暴に戻すと、マキジは男の肩を掴み無理矢理椅子へ座らせた 『ほんとはさぁ~~~、アンタとあの子の縁をスパーッと切ってからにしたかったんだけどさぁ~~~、もういいわ』 そして肩を抱くように腕を回し目線を合わせると 『もうすぐさぁ、ここに大人の人がいっぱい来るから』 『…!?』 『さっきのクソ不味い紅茶でもてなしてやったらいい』 『…な、何を言っているんだ!?』 『あー、うん、はいはい、そうだねー、分かってる分かってる 分かってるからさぁ~~~』 マキジは男の反論に適当に相槌を打ちながら、しぐれと男の縁を切る為に必要な書類の束を男の目の前へ乱暴に突き出す 『さっさとこの書類にサインしてくんない』 語尾は上がっておらず、それはつまり強制の意味を持っていた *** (お姫様にならないかと言うのは、何かの例え話なんじゃないかしら) 混乱するしぐれはそう結論づけた (では、何を例えているの?) その結論がどうしても出ない 一体どう言う意味ですか、と言う訊き方は王様に対して適切な言葉遣いになっているだろうかとしぐれは悩んだ 明らかに戸惑っている様子のしぐれにマキジは『順を追って説明しようか』と呟く 『君を引き取ったオッサンのことなんだけど』 『!?』 『あのオッサン、調べたらいろ~んなイケナイコトしててね それこそ君たちうら若き乙女の可愛らしいお耳に入れたくないような下品で汚いあんなコトやこんなコトって言ったらなんとな~く伝わると思うんだけど』 『……』 ―…知らなかった 自分はそんなとんでもない男に引き取られていたのか 詳しい話はマキジがぼかしてしまい分からなかったものの、しぐれは男が“それほどの悪人”と知り背筋を凍らせた 『で、さっきそのオッサンをとっ捕まえて牢屋にブチ込んで来たところでね』 『…あの男は、生きてるんですか?』 『うん 俺が話付けに言ったときはふんぞり返ってクソ不味い紅茶を有り難がって飲んでたよ それでまぁ色々取り調べしてみたら数々の悪行の中で君にしでかした卑劣な行為も認めてさ』 『!』 『君はあのクズを殴って逃げ出して来たようだけど、それは正当防衛として正式に認められたから、もしも君がどんなに罪悪感に思い悩んだって誰も君を罰することは出来ない』 しぐれは正直、男が生きていると聞いて“人”を殺めていなかったことに安堵した反面、殴った事には変わりなく、男から報復を受けるのではないかと怯えた けれど男は自分の知らないところで悪事に手を染めており、それも明るみになり捕まってしまった そしてしぐれが男を殴ってしまったことも罪とならないことも正式に認められた …と言うことは、もしも男の知らない遠くへ行ってしまえば金輪際あの男と関わることは無くなると言うことだろうか、としぐれは考えを巡らせる 『悪い奴は捕まって一件落着 だけど俺には一つ心配事があってね』 『…?』 『それが君』 ヘラッと笑うマキジの真意をしぐれは汲み取れずにいた 『君はあのクズと血も繋がって無いのにこの先一生アレの娘として情報を残したまま生きていくとか意味分かんないと思わない?』 『思います!ねっ!しぐれちゃん!!』 『!?』 反応が遅れたしぐれの代わりに今まで静かに話を聞いていたゆかりが突然相槌を打つ そんなゆかりにマキジは苦笑しながら話を続けた 『だからあのクズの減刑を約束してやった代わりに君との縁を切らせる手筈を整えさせました …でもさぁ~、入社初日に退職した一日調査員がそんな王様みたいな権限持ってるわけないじゃんねー だから権限持ってる王様が後でキッチリ却下しておきましたー』 マキジは楽しそうに両手でピースを作り、チョキチョキと鋏を動かすような仕草でおどける 『…で、すぐに手配させたいところではあるんだけど、まぁ万が一?まさかとは思うけど?もしかしたら君があのクズと繋がりを持っていたい可能性も考えて手続きは保留にしてあるとこなんだよね そこで俺が君に確認したいことってのが…―』 男との縁を切ることができると言うことはしぐれにとってこの上なく喜ばしいことであり、当然、今すぐ縁を切ってくれとしぐれからお願いしたいほどだったのだが、余りにもとんとん拍子に訪れた絶縁のチャンスに現実味が沸かず、放心に似た感覚でマキジの事務的な説明をその耳へ受け入れていると 『―…クズと縁を切ってお姫様にならないかって話』 『…へっ?』 危うく聞き流しかけた言葉にビクリと反応し一気に意識を引き戻された そうだ、確かに始めにそう言われた 順を追って説明すると言われて出てきた情報でその言葉に対する戸惑いは一瞬にして上書きされ、すっかり飛んでしまっていた 男と縁を切らないか、と言う提案は二つ返事で受けたいところだが、後に続く言葉の意味は順を追って説明されても結局わからないままだ 『君、未成年でしょ 身寄りが無いなら良い施設や新しい家族を紹介してあげることも出来るんだけど、でもまぁせっかくお城に居るんだし、君、このままお姫様になる選択肢もどう?』 …って言うわけなんだけど と、マキジは話を締め括った しぐれはマキジの言葉を記憶に留めることは出来たが理解がついて行かず困惑の表情を固めたままぱちぱちと瞬きをする 全く繋がらない話を当然のように繋げて話すマキジはしぐれのペースなどお構いなしに話を進め、しぐれの今後の話へと移行していく 『嫌なら嫌でも良いんだよ? 心配しなくてもどちらを選んだって俺たちは君に最高の環境を用意する ゆかりちゃんとだっていつでも会えばいい そもそもメイドちゃんたちの個人的な友人関係なんて俺には全然関係ないし 君が今身に着けているものも君の新しい門出のお祝いだからなぁんにも気にすることはない』 確かに悪い話ではない…それどころか余りに都合が良すぎて信じられないくらいだ 少なくともここは本物のお城で、この人は本物の王様で、まさかそんな人があの男のように己の為だけに私たちを踏みにじるようなことをするとは… ―…そうやって都合の良いことだけを考えて、確かめもせずに流されて、“あんなこと”になったじゃない? 『…ちょっと待って下さい』 しぐれの言葉からぽつりと漏れた言葉にマキジは話を止め、しぐれを見つめる 『なぁに?』 しぐれは自分の言葉遣いが正しいかどうか分からないままだったが、けれど聞かなければならないと決意し、男に引き取られた際には言えなかった疑問を口にした 『どうして…わ、私に、ここまで、してくださるのですか…』 王の眉がぴくりとつり上がったように見え、しぐれは少しだけ足が震える しぐれの中で一国の王と下衆な屋敷の男とを同列に扱っているわけでもマキジを疑っているわけでもなかったが、しぐれを叱責する屋敷の男の台詞が次々と蘇り、もしかするとマキジも気分を害し男と同じような言葉を自分に向けるのではないかと不安で上手く呼吸ができない (こ、怖い…けれど、) 王は沈黙し、しぐれの瞳をじっと見つめる しぐれは、ぐっ、と圧力のようなものを感じ取ったが目を逸らさずに見つめ返す (もう流されてはいけない) マキジはしぐれの瞳を見つめたまま、もう一度頬杖をつくと真面目な顔で答えた 『俺って“滅多にお目にかかれない人”じゃん?』 『…???』 『そんな俺がたまたま通りがかった時にたまたま君が死にかけてたのを助け出して、どこのお宅のお嬢さんかと調べたらたまたまあのクズがヒットして、たまたま君に身寄りが居なくてたまたま俺が王様だったから、お姫様やってみない?ってちょっと聞いてみただ~け』 『たまたま、で…お姫様なんて…』 『まぁつまり、そんなたまたまが続くなんてだいぶラッキーじゃない? 更にその子が可哀想な町娘から可愛いお姫様にでもなったりしたら、もしかしたらその子はすんごいラッキーガールかもしれないと思わない?』 『私…が…ラッキー…?』 『そう、だからそんなラッキーガールのスカウトに挑戦してみる価値はあるかなって』 『……』 『何度も言うけど、別にならなくたっていいんだよ? 俺は“たまたま”そう言う選択肢もあるよって提案してるだけ 何処へ行くのも何をするのも君の自由』 …さて、とマキジは改めて姿勢を正ししぐれを真っ直ぐ見つめ問う 『―…君は、 お姫様になる? ならない?』 ―…私の人生は一体いつからおかしくなってしまったのかと今まで何度も何度も遡って考えた 何もかも全部“運が悪かったから”ただその一言だけで片付けるには余りにも辛いことが多すぎて納得が行かなかった あの男に引き取られていなければ 母が、父が、亡くなっていなければ 私は幸せに暮らしていたはずだと何度も何度も思った それが“ただの”不運なの? ―…あの日あの雪原に王様が通りがかると知っていて倒れていたわけではないことは自分が一番よく分かってる…― ―…そんなたまたまが続くなんてだいぶラッキーじゃない?…― 逃げなければ助けられなかった 襲われなければ逃げなかった 引き取られなければ襲われなかった 今までの辛いこと、何かが少しでもズレていたらこの“たまたま”続いた幸運は幸運になり得なかったってことなの? それじゃあこの“今”の為に、私は酷い目に遭ったって言うの? それは“本当に”幸運なの? 自問自答を繰り返し、しぐれは一つの答えにたどり着いた ―…どちらも、違う 『私は、不運だから酷い目に遭ってきたとも、この幸運のために今まで酷い目に遭ってきたとも思いたくない』 嫌なことはたくさんあった もしかしたらこれからも辛いことがあるかもしれない だけどそでも、これからは、少しでも楽しく幸せに生きられるように 私の行き先は私が決める 『私は私が幸せになれる場所で生きたい 自分の目で見て探したい 選んだ答えに最高の環境を用意してくださるとおっしゃるのなら、 私がその場所へ辿り着くことに協力してくださいますか』 しぐれは震えながらも強く確かに想いを告げた 絶望に淀み涙で曇っていたしぐれの瞳は、光が射し込み紫に輝いているように見えた マキジはその瞳の美しさに目を細め、ニヤリと笑う 『お姫様はいつまでもいつまでも幸せに暮らせるもんさ』 遠くで時刻を告げる鐘が鳴り、新たな世界が動き出す
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Heart
あとがき
世界がどうたら言ってる所は完全に某版権作品のザ・●ールドです(土下座)
しぐれは今日で優しい世界が終わるって思ってたけど実際は優しい世界は終わらないし、それは完全にしぐれの予想外だったことをどう説明しようかって考えたときに
優しい世界…世界…ハッ、止まる!!時は動き出…本当にすみません
ポイントとなる台詞を考えるとき、パッと浮かんだ言葉は大体好きな作品の名台詞や決め台詞だったりして、浮かんだ瞬間は無意識なんですけど後から『なんとか思い付いて良かっ…いや違うコレ○○の台詞じゃね!?』ってなったりすることが時々あります
簡潔なのに美しくて格好良くて心地よくて強く残ってスッと出てくる、名言が名言たる所以だなと思いました、本当にすみません
***
②の昴も今回のしぐれも『いつまで続くか先が分からない不安や迷い』の中で
しぐれは力技だけど自分で決断したので今回はハッピーエンドを掴みましたって話
※酷い目に遭う描写を手ブロでどこまでやって良いか判断に悩みましたが、屋敷の男の妻からの扱いの悪さを少し具体的にしたので、前編の文章を少しだけ変更しました
Hearts
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かのこ.
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後になっていたたまれなくなったもの、
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【創作】翡翠の国 / 黒曜の国
かのこ.
2017/11/23 16:15
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2017/09/04 19:41
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2017/09/01 12:42
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