TEGAKI
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グッバイ・マイ・フレンド
レオナルド・ウォッチ、朝の4時起床。 10分で支度を整え、向かうはゲットー・ヘイツ。 そこは異界の交わるこの都市において唯一、ニューヨークだった頃の街並みを残した地区だった。 異界人を完全排除。 霧を遮断する屋根。 その裏に照射されたニセモノの青空。 そのどれもが人類を代表して「ここは我々の世界だ」と主張しているように思えて、レオナルドはあまり好きになれなかった。 異界の技術など都合のよいものは受け入れておいて異界人を化物呼ばわり。 それってなんか違うんじゃないの、と。 まあ、かといって何も悪いことばかりではないのだけれど。 それはこの地区でのみ、他の主要都市同様のマーケティングが臨めるということだ。 人間は人口の3割、その中でも市場に関係があるのは半分にも満たないという悪条件であるにも関わらず、だ。 企業が利益度外視でサービスを展開するのは、異界都市ヘルサレムズ・ロットにおいてゲットー・ヘイツが人類最後の砦であるという認識があるからに違いなかった。 自分たちの優位性を少しでもいいから目に見える形で確立しておかないと不安でたまらないのだろう。 「外」の人間がこんなことで安心できてしまうとは驚きだが。 朝の5時、ゲットー・ヘイツ到着。 ゲーム販売店の前にできた行列に並ぶ。 『ハーフダイブ4プレミアムディスク 数量限定シナリオ強化版』と書かれた看板。 同じタイトルで初回限定だ、特典付きだの出して購買意欲を煽ることはよくあるものの、これはその究極系かもしれない。 3つの新エピソード追加が売りの、『世界に一つ君だけのシリアルナンバー入りコスチューム特典付』とマニア心をくすぐる商法。 通常版に比べて30ゼーロも値が張るというのに、レオナルドは金を出すことを惜しまなかった。 愛する妹への仕送り、血尿が出るほど入れたバイトのシフト、ボロアパート、貧窮する生活、遭遇率の高いカツアゲ。 思うことはたくさんあったけれども、これは苦しみを乗り越えた自分へのご褒美なのである。 通常版を1秒もプレイすることなく、住んでいた部屋ごと破壊されたあの日から半年。 待ちに待った強化版の発売日。 同じく破壊されたゲーム機本体はすでに再購入済みで、新しい我が家でレオナルドの帰りを待っていた。 5時間後、ゲームソフトを手に入れたレオナルドの気分は最高だった。 午前10時30分、ゲットー・ヘイツから出る直前でレオナルドは、ゲームソフトが入った紙袋を服の内側へと忍ばせた。 反対に(レオナルドにとっては大金である)200ゼーロが入った財布をわかりやすい外側のポケットへ。 現金を囮としてゲームソフトを守ろうというなけなしの算段であったが、これを失えば給料日まで1日1食で暮らさなくてはならなくなる。 なるべく平静を装って人通りの多い道を選び、向かうのはレオナルドが勤める秘密結社ライブラの事務所だった。 午後からの作戦会議に出席しなければならない。 時間的に家に戻る余裕はあったが、レオナルドの部屋があるアパートの周辺はあまり治安がよくなかった。 何かしらの犯罪に巻き込まれる可能性を考えればこのまま事務所に向かい、帰りは戦闘力の高い同僚に護衛を頼むのが得策だった。 秘密結社と謳っているだけあって、超警備システムとやらにより事務所の入口はいくつか存在した。 まるでスパイ映画の主人公にでもなったかのような緊張感をもって、レオナルドはここから一番近い入口を徒歩で目指した。 午前11時、奇跡的に財布とゲームソフト、そしてレオナルド自身も無傷で事務所に到着。 歓喜に震える心を噛みしめて、心地よい達成感に包まれる。 「違う違う違う。ダメだダメだダメだ」 声を出して自身に言い聞かせた。 ミッションは道なかばで、ゲームのエンディングを見るまで油断できなかった。 ここはヘルサレムズ・ロット、何でも起こる街なのだ。 過去には、堕落王フェムトが召還した半神により事務所が真っ二つ、なんてこともあった。 どこにいても安心はできない。 どんなことがあってもこのディスクだけは死守しなくては。 決意を新たにレオナルドは事務所に繋がる扉を開いた。 午後2時を少し過ぎた頃。 事務所にはレオナルドの悲痛な叫びがこだましていた。 元凶はソファにふんぞり返ってニヤニヤと笑う銀髪に褐色の肌の男。 レオナルドの仕事仲間であり、先輩であり、友人でもある人物で、名をザップ・レンフロという。 金や女にだらしなく、性格にも難ありだが、クズと称される割には後輩の面倒見がよかったりするので何となく憎めない人だった。 が、それも今や過去の話。 ひび割れた『ハーフダイブ4プレミアムディスク』を前に、レオナルドの心は怒りに燃えていた。 経過はこうだ。 作戦会議中ずっと浮き足立った様子のレオナルドに、何かあると踏んだザップが会議終了とともに足払いをかけた。 レオナルドの懐から飛び出した紙袋を取り上げ、メディアケースを確認。 いつもより必死の抵抗を見せるレオナルドに、それが「大事なもの」ではなく「見られたくない何か」だと判断。 お得意の血糸を伸ばしてケースを開封し、ディスクを取り出した。 ここまではいつもの悪ふざけ。 回りにいた同僚たちも「いつものことだ」と気に留めることはなかった。 違ったのはザップの的が外れたこと。 表のゲームラベルはフェイクで、中身はエロ動画だとかそういうのを期待していたのだ。 会議でチェインやK・Kといった女性メンバーも集まる中、レオナルドが辱しめを受けるのは必至。 だかディスクのラベルはケースと同じ、ゲーム以外の何ものでもなかった。 「つまんねーの」 「そうですか。だったら返してください」 レオナルドがディスクを取り返そうと手を伸ばした。 が、ザップはさらに血糸を上へ。 そしてその口をニタリと歪め、ディスクから血糸を外したのだった。 「おっと、手が滑った」 ディスクは垂直に床とぶつかって、当たりどころが悪かったのか大きく割れた。 「俺の、俺の、プレミアムディスクがぁあああああ!」 購入してからたった4時間しか経っていなかった。 またしてもプレイすることなく、それどころかディスクに触れることもなく、レオナルドのお楽しみは粉々に砕け散ったのであった。 「うそだろ、誰か、うそだと言ってくれ……!」 芝居がかったセリフではあったが、レオナルドは本気だったし、流した涙も本物だった。 しかしザップはこれっぽっちも悪いと思っていないのか、言い放たれた言葉は無神経そのものだった。 「大げさなやっちゃのう。また買えばいいじゃねーか」 「ふざけんな! 即日完売決定のプレミアもんなんだぞ!」 「あーん? 俺だってなあ、ちゃーんと知ってんだぞ」 ザップは得意気な顔をして、指で挟んだ紙切れをひらひらさせていた。 メディアケースに入っていたそれは、特典のシリアルコードが書かれた紙だった。 「プレミアっつってもどーせ、特典付とか何かだろーが。 価値があんのは、こっちだっつーの」 「数年前まではそうでしたけどね。あんたみたいなバカがいるからコードだけで売買できないよう、ディスクと連動するようにできてんですよ。つまりそれは最早、ただの紙切れ!」 「ガッデム!」と叫んで天を仰ぐレオナルド。 それでもザップに反省する様子はなく、ちぐはぐな言い合いが続く。 「あっれー? もしかして今、この俺ちゃんに向かってバカとか言いやがりましたか。レオナルド・ザ・陰毛頭くーん」 「ええ、言いましたとも。ていうか、また買えばいいって、僕はそんな話をしているんじゃない!」 「んじゃ、どんな話よ」 ザップはダルそうにソファにもたれ掛かっていて、話を聞くような態度には見えなかった。 レオナルドは静かに言った。 「僕がこの日をどれだけ楽しみにしていたか」 声は穏やかだったがその内側は、血が沸騰しそうなほど煮えたぎっていた。 「バイト増やして金貯めて、5時間並んでやっと手に入れて、ここに来るまでだって、何が起こるか冷や汗もんでしたよ。僕みたいな人間がこの街で生きるのがどんなにたいへんなことか。ゲーム一つ買うのだって命懸け。それでもここ半年、僕の心が折れなかったのは、今日この日があったからだ!」 「なーに語っちゃってんだか。たかがゲームだろ」 「たかが? たかがゲームって言いましたか、今」 「おう」 早くも面倒になってきたのだろう。 ザップはもうレオナルドの方を見てさえいなかった。 「あんたには理解できないでしょうよ。でもね、俺にだってあるはずだ。楽しみにしてた新作をプレイするっていう、ささやかな夢を叶える権利ってもんが。それをあんたは一瞬にして、粉々に破壊してくれた!」 「言っただろーが。手が滑ったんだよ」 「そうですか。まあ、仮にそれが本当だったとしても、1ナノ秒の攻撃に反応できるあんたにとって、ディスクが床に落ちる前に拾うことなんて朝飯前のはず」 「まあな。俺ちゃん、天才だしー?」 いつものレオナルドだったらここで「褒めてないから」とツッコミを入れていたかもしれない。 でも今日のレオナルドは、馴れ合いで問題をなあなあにする気はなかった。 「あんたは同じです。弱いカモ見つけて裏路地に連れ込んで、暴力にもの言わせて金をむしりとり、なじっていびって憂さ晴らしするような腐った連中と」 「あんだと、こら。もっぺん言っ」 「何度だって言ってやりますよ。あんたは弱いものイジメを楽しむ最低のクソ野郎だ!」 「好き勝手言いやがって! てめえが弱えのを俺のせいにすんな! 悔しかったら目を使うか、パトリックに武器でも調達してもらえ!」 「ええ、ええ、できるならそうしてやりたいですよ! でもフツーの人間は、どんなにムカつく喧嘩をしても銃ぶっぱなすなんてことしないし、友達だと思ってるヤツが大事にしているモノを遊び半分で壊すようなことはしない!」 「説教か! 俺に説教たれようってーのか、この」 「俺はあんたのこと友達だと思ってた!」 ここにきて初めてザップはびくりと体を震わせ、動揺を見せた。 そして何を返せばいいのか分からなくなったように、口を開こうとしては閉じるを繰り返す。 しばらくその様子を見ていたレオナルドだったが、これ以上待っても無駄だと判断して最後通告を言い渡した。 「僕は友達だと思ってましたが、ザップさんは違ったみたいですね。残念です」 ********** レオナルドの『ハーフダイブ4プレミアムディスク』がザップに破壊されてから1週間。 レオナルドはザップに対して、仕事に支障がない範囲で徹底的に距離を取るようにしていた。 会話は必要最低限だったし、ランチを一緒に食べることもない。 そんなレオナルドにザップはというと、「陰険糸目の陰毛アタマのせいでなーんかジメジメする」と呟いてみたり、わざとぶつかっておいて「ちっさすぎて見えなかった」などと、思いつく限りの悪態を披露していた。 我が社の頼れるリーダー、クラウス・V・ラインヘルツに呼び出されたこともあった。 「レオナルド君、気持ちは分かるが、どうかザップを許してやってはくれないか」 喧嘩の一部始終を見られていたため、ザップに非があるのは周知の事実であった。 紳士的なクラウスのことだ。 すでにザップにはレオナルドに謝るよう説得済みなのだろう。 それが失敗に終わったため、レオナルドの良心に訴える手に出た、というところか。 「壊れてしまったディスクは、私が責任をもって復元屋に修復を依頼する。ザップには二度とこのようなことがないように言い含めるとしよう」 「クラウスさんがそんなことをする必要はありません。悪いのはザップさんなんですから」 穏やかな午後の事務所。 ザップは仕事で外に出ているのか、姿はなかった。 「そうか……」 表情が読みにくい強面の顔が、少し寂しげに見えた。 「心配をおかけして、すみません。でもこれは、僕とザップさんの闘い。クラウスさんには最後まで見守っていてほしいんです!」 「分かった。そういうことなら全力で見届けよう」 威厳を取り戻してうなずくクラウス。 チョロいと思ったのはレオナルドだけではなかったらしい。 「やれやれ。少年の方が人心の掌握に長けているとは、参ったもんだね」 横やりを入れたのはスティーブン・A・スターフェイズだった。 ライブラの副官的存在で、抜け目ない彼をやり過ごすのは容易ではない。 「仕事に問題ないなら俺から言うことはないけど、大きなヤマが入ればそうはいかなくなるぞ」 スティーブンの厳しい追及に、レオナルドは俯くしかなかった。 大げさで長いため息のあと「気持ちは分かるけどね」とクラウスと同じ感想を述べてからスティーブンは続けた。 「その闘いとやらが何だか知らないが、早めに決着をつけてくれ。仕事はある程度なら調節するから、無理して危険を冒さないこと」 「え、あ、はい。その、迷惑をおかけして、すみません」 ザップとのことで事務所の雰囲気を悪くしている自覚はあったし、そんなことでメンタルをやられる上司たちではないけれど、気がかりにはなっているだろうと思っていた。 しかし、まるで応援するかのようなこんな対応。 レオナルドは面食らってしまい、ただ頭を下げることしかできなかった。 それからさらに1週間が経過。 ネタが尽きたのか、レオナルドがいつまでも挑発に乗ってこないので諦めたのかは分からなかったが、ザップは黙ってソファに座っていた。 不機嫌なオーラ駄々漏れで、イライラと葉巻を噴かしていたりはしたけれど、レオナルドがその姿を見るのは久しぶりだった。 スティーブンの差配でザップ以外と仕事をすることがほとんどになっていたからだ。 諜報活動のエキスパートであるチェイン・皇と「神々の義眼」保有者であるレオナルドが組めば、敵のアジトは瞬時に丸裸になったし、冷静沈着なツェッド・オブライエンと組んだなら、任務中に言い合いになって敵に見つかる、なんていうバカげた失敗も起こらなかった。 書類を整理しながら「もしかしてザップさん、いらないんじゃないの」と思っていると、そのザップから声をかけられた。 「レオ」 まさか心の声が聞こえてないだろうなと、おっかなびっくり振り返ったレオナルドだったが、ザップが差し出しているものを見て驚きに固まった。 「やる」 ぶっきらぼうに言ったザップの手には、『ハーフダイブ4プレミアムディスク』が握られていた。 ただのシナリオ強化版ではなく、ちゃんと数量限定の特典が付いたやつだった。 レオナルドもネットを調べたが、元値の10倍を支払って転売屋から買うしか術がなく、再購入を諦めた代物だ。 しかしレオナルドはこれをきっぱりと断った。 「要りません」 「おいおい、痩せ我慢はよせよ。あんなムキになっておいて、今さら要りませんっつーことはないだろが」 ザップの腕に頭を固定され、メディアケースの角をグリグリと押しつけられる。 「おめえがワガママばっか言って仕方ねーから、ほれ、俺が買ってきてやったんだろ? 素直に受け取っておけって」 「要りません」 「いい加減にしろよ!」 もともと短気な性格のザップが、自分の思い通りにならないことに我慢などできるはずがなかった。 ザップの言い分はきっとこうだ。 自分がこれだけ譲歩してやっているのだから、さっさと機嫌直していつも通りに振る舞え。 だけどそうは問屋が卸さない。 レオナルドは振り上げられたザップの拳をじっと睨みつけて言った。 「要りません!」 強く握りしめた手を震わせ、ザップはレオナルドから目を反らした。 やがてくるりと背中を向けると、捨て台詞を吐いて事務所を去っていった。 小さく掠れた声は聞き取りにくかったけれど、確かにこう呟いていた。 「俺のこれは愛のムチだってーの」 レオナルドの言葉を、ザップはザップなりに考えているのかもしれなかった。 そんなことがあった日からザップはすっかり大人しくなって、任務があるとき以外は事務所のソファでボーッとしていることが多くなったそうだ。 家にも帰らず、そのまま事務所で寝泊まりするようにもなったという。 ザップ曰く「女のとこに行く気がしねーんす」らしいが、女性の家を渡り歩いているヒモ男の発言に、レオナルドは呆れて溜め息しか出なかった。 「仕事はそれなりにこなしてくるが、困ったもんだよ」 スティーブンはそう言って、一枚の写真をレオナルドに寄越してきた。 「昨日、ザップが担当した麻薬取引の現場写真だ。目当ては顧客リストだったんだが、術師がいて床に縫いつけられてしまってね」 なるほど写真には、裏向きになった書類に呪詛が浮かび上がる様子が写っていた。 「無理に剥がそうとするとリストがダメになるような厄介なやつで、術師に解くよう説得するのも時間がかかる。というわけでツェッドに護衛をさせるから、現場に行って『視て』きてくれないか」 「分かりました」 「助かるよ。端末に直接入力して、送ってくれたらいいから」 ザップの近況報告から流れるような仕事の依頼。 なんとなく「催促されてるなあ」と感じてしまう。 スティーブンに「早めの決着を」と言われてからもうすぐ2週間になる。 ザップからは一度、歩み寄りのようなものもあったのだから、業を煮やしても仕方ないことではあったが。 レオナルドはソファの方を見た。 ザップはいない。 ここ5日ほど、姿を見ていなかった。 なんだか怪しくなってきた雲行きを憂いて、レオナルドは足取り重く仕事へと向かったのだった。 「少し早いですが、お昼食べていきませんか?」 ツェッド・オブライエンは魚と人間の交配種であるらしい。 見た目が少しくらい変わっていても、ここヘルサレムズ・ロットにはそんな連中はたくさんいて、今さら思うことではないのだが。 閉じない目蓋でじっと見つめられてしまうと、責められているような気分になるのは、スティーブンとのやり取りがあったせいだろう。 滞りなく任務を果たしてツェッドが案内してくれたのは、落ち着いた雰囲気のカフェテリアだった。 対面式の備え付けソファに向かい合って座ると、こころもちプライベートが確保されて話をするには打ってつけの場所。 レオナルドはメニューに夢中な振りをして、相手の出方を待った。 ツェッドは案外すんなりと核心に迫ってきた。 「兄弟子のことですが」 「スティーブンさんに何か言われましたか」 身構えていたせいでどうしても攻撃的になってしまう。 「直接言われたわけではありませんが、遠回しな示唆はあったかもしれません」 レオナルドは申し訳なさに居たたまれなくなり、メニューから視線を外して下を向いた。 「僕は僕の意思でここにいます。あの人とのことは全部見ていましたし、全ては彼の悪行が招いたものだと理解しています。でももしレオ君が、意地を張ってしまって仲直りができないでいるとしたら、僕はその手伝いがしたいと思ったんです」 ザップと喧嘩して3週間近くが経過していた。 ツェッドにはその間、何度かランチに誘われていたが、ザップも一緒になりそうなときはすべからくお断りさせていただいていた。 「何かあるなら話してください。力になります」 そんなツェッドからの願いを無下にすることはできなかった。 「結論から言うと僕は、線引きをしてるんです」 「はあ……、線引き、ですか」 レオナルドの答えはツェッドの予想とかけ離れていたのだろう。 彼にしては珍しく、間の抜けた反応があった。 そろそろ注文を決めないと店員の視線が痛い。 レオナルドはサンドイッチのドリンクセット、ツェッドは日替わりランチを頼んでから、会話を再開させることにした。 「ザップさんにとって僕って、どんな存在だと思います?」 レオナルドからの質問にツェッドは少し考えてから、仕事仲間、後輩、友人とありきたりな答えを返した。 「それってツェッドさんにも当てはまることでしょ」 ツェッドはザップと師匠を同じくする斗流血法の使い手で、ザップの弟弟子に当たる。 レオナルドの後からライブラに加入したが、レオナルドとザップとツェッドの3人でランチに行ったり飲みに行ったりすることが多く、友人関係にあると言えた。 「でも殴られたり蹴られたり、ひどい扱い受けるのは僕だけだ」 「それは……」 ツェッドは返答に困って狼狽えていたが、レオナルドは構わず話し続けた。 「最初は自分を騙して組織に加入した生意気な後輩の度胸試しだったかもしれません。僕には退けない理由があるから絶対に辞めてやるもんかって、ムキになって突っかかってましたけど。だけどフツーだったら、あんな変な性格の人間、相手にしないよう避けるでしょ。今の僕みたいに」 「確かにそうですね」 「あの人が本当の本当に底辺のクズ人間なら僕もそうしたかもしれないけど、あれでけっこうイイとこあるじゃないですか。今回のことだってたぶん、僕が持ってたのがミシェーラからのビデオレターだったら、絶対に手は出さなかったでしょう。あれは、そういう男です」 「なるほど、そうかもしれません」 「とはいえ、ある程度の悪ふざけが受け入れられるもんだから、楽しくなってきたんでしょうね。殴る力もだんだん加減がなくなってきたし、昼飯取られたり、物壊されたりで、被害額はかさむ一方。あのソフトなんか、95ゼーロもしたんですよ!」 「気持ちは分かりますが、落ち着いて」 感情のままにテーブルを叩いたレオナルドをツェッドが宥めた。 そこへちょうど食事が運ばれてきて、レオナルドは気分転換のため、ドリンクに手を伸ばした。 そうして一息ついてから、レオナルドは言った。 「一種の甘えだと思うんすよ」 「甘え、ですか」 ツェッドの表情は微妙なものだった。 ザップがレオナルドに甘えている。 改めて言葉にしてみると、何とも言えない気持ちになるのは確かだった。 「僕には何をしても許されるっていう、あの人の中の勝手な法則」 そういえば、と思い出す。 レオナルドがライブラに入りたての頃、ザップはよくクラウスにタイマンを仕掛けていたのだが、あれも「そう」だったんじゃないか、と。 レオナルドという手頃な玩具を見つけてからは、めっきり減ってしまったけれど。 「『何をしても』では困るんです。『これはダメ』『あれはダメ』をはっきり解らせたい。だけどあの人に口で言っても無駄でしょ。力でねじ伏せることができない僕にとっては、このやり方が最善策なんです」 「そういうことだったんですね!」 全ての合点がいったと言わんばかりのツェッドの声に、レオナルドも満足げに頷いた。 味方ではないと何となく抱いていた不信感もこれで拭い去れる。 そう思った矢先だった。 「でしたらレオ君の作戦は、もう成功しています。あの人はこちらが気の毒に思うほど意気消沈していて、気味が悪いほどなんです」 「スティーブンさんも言ってましたけど、それ本当なんですか」 「信じられないのも無理はありません。ですがレオ君自身の目で確かめてそれが真実だと分かったら、必ず関係を修復すると約束をしてください」 強い口調で言い切られて、レオナルドは目をぱちくりさせた。 「僕だって寂しかったんです。あなたたちと行動を共にすると騒がしいと思うことがほとんどですが、こう見えてけっこう楽しみにしていたりするんですよ」 そんな風に言われてしまって、断ることなどできるはずがない。 「分かりました。今回はこの辺で区切りとします」 「今回は?」 「またやらかすに決まってるじゃないですか。ザップさんですよ」 「はあ」 ツェッドは気のない返事をして、手もとのパスタにフォークを入れた。 そしてふと思いついたかのように、今さらなことを呟いた。 「よく付き合えますよね。尊敬します」 レオナルドはそれに、苦笑いで応えるしかなかった。 事務所に戻ると、ザップがソファにいた。 ころころと変わる表情は能面のようになっていて、「なるほど、こりゃ重症だ」と思えなくもなかった。 スティーブンに仕事の報告をして、今日はもう用がないことを確認。 緊急の場合は呼び出しがあるので、家に帰ることにする。 挨拶を済ませて、ザップのもとへ。 「ザップさん」 レオナルドの声に、信じられないものでも見るような顔をしてザップがこちらを向いた。 まゆ毛は情けなく垂れ下がり、口をキュッと引き結んでいる。 「前に一緒に観た映画の続きが、レンタルされてるんです。借りようと思ってるんですけど、僕のうち、来ます?」 「いく」 返事はひどく掠れていて、唇はわななき、今にも泣き出しそうな顔だ。 ずるいな、と思う。 これではこっちが悪いような気がして、許さざるを得ないじゃないか、と。 「夕飯どうします? 外に食べに行ってもいいけど」 「ぐす……おまえんちで、くう」 「じゃあ、なんか買って帰りましょ」 とうとう泣き出してしまったザップの手を取って、ソファから立ち上がるよう促した。 そのまま事務所の出入口へと向かう。 ザップも一緒に帰っていいか、確認のための挨拶をもう一度。 「お先でーす」 「はいはい、お疲れ様」 スティーブンが追い払うような仕草を付けて返事をくれた。 後日になってしまうが、事務所のみんなにはきちんと謝罪しよう。 そう心に決めて、レオナルドはザップとともに仕事場を後にしたのだった。 ********** レオナルドとザップは知らない。 彼らが去った後、事務所に残された者たちが呆れた、でもどこかホッとした表情で二人を見送っていたことを。 「よく説得できたなあ」 感心したスティーブンの声に、ツェッドは事もなげな様子で答える。 「説得というほどのことはしていません」 「結局、何だったの?」 そう言ったのは、チェインだった。 積極的な関わりを持とうとしない彼女が、こういったことに興味があるのは珍しい。 ツェッドは先ほどのレオナルドとの会話をかいつまんで話した。 「猿を躾けてたってわけだ」 「いや、本人にそんな気はなかったんじゃないか? 僕を怒らせると怖いんだぞって、言いたかっただけだと思うよ」 「あ、それ。言い得て妙というか」 レオナルドは言葉を並び立てていたが、ひとことで言ってしまえばそういうことなのだろうと、ツェッドは納得してしまった。 「何にせよ、解決したようでよかったよ。まあ、少年が来るまで、ザップはもともとあんな感じだったけどな」 「踏んで反応がないなんてことはありませんでした」 チェインが身震いするようなジェスチャーを付けて大げさに言った。 ここ5日くらいだろうか。 彼女がザップの身体の一部に乗って、質量希釈を解除するというお決まりのやり取りがあるのだが、いつもは聞くに耐えない下品な応対をするザップがある日突然、「退け」とか「重い」のひとことしか発しなくなったのだ。 その後もチェインは懲りずにその行為を繰り返していたが、彼女なりに元気づけようとしていたと思えば微笑ましかったけれど、ただの確認作業だったのではないかとツェッドは考えていた。 スティーブンに「ザップの皮を被ったスパイの可能性がある」と本気で詰め寄るのを目撃していたからである。 「賑やかなのに慣れてしまったからな。彼らが静かだとこちらまで気持ちが沈んでしまう」 穏やかな声に振り返ると、光射し込む窓辺で植物の世話をするクラウスの姿があった。 「君らしい答えだよ、クラウス」 「沈みはしないけど、調子は狂うよね」 「まったく同感です」 三者三様の返事がある中、静かな微笑みを見せて。 ライブラの事務所にいつもの空気が戻っていく。 ここへ来れてよかったと、ツェッドはそう再確認できることに喜びを感じるのであった。
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Heart
あとがき
「あとがき」という項目があると、何となく書いておかなくちゃと思うから不思議。
レオナルドとザップのくだらないことが理由の喧嘩話です。
記者を目指していただけあって、レオナルドはそこそこ観察眼に優れているんじゃないかなって妄想はいってます。
自分の中の彼らを前面に押し出してみたのですが、原作のキャラクターが損なわれていないといいな。
Hearts
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ハルキャベツ
好きなものを好きなように好きなだけ。
小説をピクシブに転載させていただきました。
https://pixiv.me/spring_cabbage
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うちのレオ+ザプ
桐嶋ハル
2017/11/27 12:44
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